私の天文遍歴(立志編その2)

1968

小学校3年の初夏。ついに
天体望遠鏡を買ってもらえる日がやってきた。
母と連れ立って、新宿の京王百貨店、めがね売り場に出かけた。
あの頃は、デパートのめがね売り場や町の眼鏡店が、
少年の憧れ、天体望遠鏡の殿堂だったのである。


あれこれ迷いながらも、結局私のところに来ることになったのは
プリンスPF-85型という口径85ミリの反射経緯台である。
この望遠鏡がわかる人はかなりのテレスコ通であることを保証する。
この望遠鏡、現存するブランドであるミザールの往年の名機、Hシリーズのひとつ
H-85型反射経緯台とまったくの双子なのだ。
プリンス(宮城産建)とミザール(日野金属)どちらかが製作した、
今で言うところのいわゆるOEM望遠鏡である。
1968年当時の価格で17,500円。デパートの定価販売だが消費税もない時代だ。

プリンスPF-85反射経緯台
口径85ミリ放物面鏡
集光力=肉眼の146倍
極限等級=11.4等級
分解能=1.36秒
PF-85反射経緯台


i家に届いたのは1968年6月5日、9歳の誕生日。
(世界史、事件史ではアメリカのR・ケネディ上院議員が狙撃された日である。
ボビーは翌日に亡くなっている)
夢に見た自分の天体望遠鏡!

ところが、近所の高校生のお兄さんに組み立ててもらったものの、
考えてみれば反射望遠鏡など触ったこともない。
先端にレンズが無く、後ろではなく横に覗き口があるのさえ「
???」なのだ。
星そのものにはずいぶん詳しくなっていたが、
天体望遠鏡に関しては、なあ〜んにも知らなきゃ、本を読んだことさえなかった。

簡単なマニュアル冊子がついていたが、書いてあることがどうもよくわからない。
その宵はうす曇りながら、南に上弦の月が輝いていた。

その宵はうす雲を通して上弦の月が中天にかかっていた。
となれば私の第一号望遠鏡の
ファーストライト(はじめて星や天体の光を通すこと)は、
月で決まりである。
しかし、ビギナーがちょいちょいっと扱えるようなものじゃなかった・・・

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1968年6月5日宵の月


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