私の天文遍歴(成長編その3)

1970


1970年がやってきた。  1970年の元日を10歳で迎え、79年の大晦日は20歳で送る・・・。
70年代はmasarukのティーンエイジがすっぽり収まる10年である。

前年69年にようやく猛獣使いならぬ望遠鏡使いに昇格し、
masarukの天文ファンとしての観望・観測経験は、ここから大きく積み重なっていくことになる。

天文年鑑や天文気象年鑑(のちの天文観測年表)を隅から隅まで読んで、
せっせと天文現象の日付やデータを覚えた。
 いや、別に暗記しようとしたわけではないのだが、
年がら年中見ているうちに頭に入ってしまったのだ。 
こうしてHP用の文章を綴るこの瞬間、何か言ってみろ・・・と言われれば、
たとえば70年の1月24日に金星が外合。
 2月21日東日本で月出帯食の部分月食、最大食分5.1%。
4月22日が木星の衝。 5月9日水星の日面通過・・・
 なんて調子で記憶の底から沸いて出てくる。
天文年鑑1969・70年版

天文年鑑とは星界の現象こよみだ。 
関心のない人には非常に退屈なものかも知れない。
 私も始めて買った頃(68年)には
わからない専門用語も多かったけれども、
他の天文の本を読んだりせっせと渋谷のプラネタリウムに
通っているうちに、薄皮を一枚一枚はぐように理解していった。

そんな天文年鑑も我が書棚に並ぶのは1968年版から最新は2002年版。
 35冊になった。 この間に木星は星空をほぼ3周し、
土星も2周目に入った。

天体観測の案内書には、
火星は人気があるけど、アマチュアの小望遠鏡では難物。
 木星は簡単に模様もみられ初心者でも楽しめる・・・と書いてあることが多い。
 確かにそうだと思う・・・が、何事も実際にやってみなければわからない。
 1970年の春、私は始めて望遠鏡を木星に向けた。

木星はおとめ座のスピカの東にマイナス2等の明るさで煌煌と輝いていた。
衝も近づいた4月のある晩、木星に筒先を向けて望遠鏡の視野に導いた。
 すぐに明るい本体と傍らに並んでいるガリレオ衛星(かのガリレオ・ガリレイが17世紀初頭に
手製の望遠鏡で発見した4個の衛星)が飛び込んできた。
 倍率を上げてみる。 思ったよりも大きく見える木星の本体。
ところが初心者でも簡単に見えるはずの縞模様が全然見えない。
 ただやたら明るく、ちょっと上下につぶれた真っ白い玉が見えるだけなのだ。 

「なんで模様が見えないんだよぉ〜」 見えない見えない見えない・・・
ん!?
数分経ったとき、「真っ白い玉」の上に淡い2本の縞が浮かんで見えてきたではないか。
夜空とのコントラストを意識して木星面の輝きを意識的に弱めると・・・おお、見える見える。
いったんコツを掴めばあとは大丈夫、後戻りすることはなかった。 
2本の太い縞模様の他にも、大きな斑点(大赤斑)や両極側の薄暗い模様も見えてきた。
                   
はじめの木星 初めて見た木星

最初は白い玉

    しばらくすると

表面に模様が
  浮き上がってきた。
慣れてきた木星

ここが惑星観測の難しさであり面白さなのだ。 
図鑑の著作者などは、「誰でも簡単に見える」で済ませてしまうが、
本当に見た人ばかりが書いているのではないだろう。
 比較的大きく見える木星でさえこんな感じだから、大接近時でももっと小さく、
模様のコントラストが弱い火星などはなかなか手強い相手である。
 
天体望遠鏡を買った、それ覗け
・・・では惑星はその神秘的な素顔をすんなりとは見せてくれない。
 目を慣らしながら何度も何度も見る。
 いわばトレーニングとウォーミングアップが大事なのだ。
 せっかく買ってもらった望遠鏡なのに、
最初に見て「小さくしか見えない」「模様なんてよくわからない」・・・と言って、
すぐに飽きて放っぽってしまうという話は時々聞く。 もったいない話だ。
 幸い当時の自分には、そのあたりに関して「根性」があった。
 小さくしか見えなければそれなりのレベルで感動したり満足することもできた。
 惑星でも彗星でも星雲なんかもみんなそうなのだ。
本質的に肉眼で直接捉える天体の素顔は淡かったり、微かだったりするものなのだ。
 その非常に繊細な光の中に淡いメッセージが込められているのである。 
1970年代初頭、masarukはそういう天体の本質のひとつに触れ、
それを理解することができたと思う。
 だからその後の天文人生があったと信じている。

初めて自分の力で視野に導いて眺めたときの土星や木星・・・
それが我が脳裏の特等席を占める記憶なのは、
天文ファンには共通する体験、反応だと信じている。