私の天文遍歴(成長編その10)

1973-1974


1973年晩秋の色を濃くしてきた11月に入ると、コホーテク彗星を観測という記事が
ちらほら新聞などでも目にするようになってきた。

11月10日、水星の日面通過。
この日の現象は、20世紀の水星日面通過では最も太陽中心近くを通るもの。
ただ、日本では名古屋より東では全く観測できず、
それより西でも、水星が太陽面に入った途端日没という厳しい条件。
広島でも水星が太陽面に入るときの太陽高度は僅かに3度。
日没の10分前の現象である。
8.5センチの反射望遠鏡をかついで、近くの丘に上がった。
天気は素晴らしい快晴。
西の低空に浮かぶ太陽も上下がひしゃげている。
そして午後4時47分。低空の陽炎で揺らめく太陽のリムに・・・
ポチリと黒い水星シルエットが食い込んだ。

さてコホーテク彗星に戻ろう。
私も天文誌などに載っている予報をもとに彗星の位置を星図に記入したりして、
大彗星の前評判の高いこの星を迎える準備をした。
コホーテク彗星の位置が記された星図

新標準星図に残る
コホーテク彗星の位置

鉛筆で11月22日から
12月2日にかけての位置が記されている。
この時期の夜明けの南東に見える星域。

実際に彗星に対面したのは11月23日の夜明け前。
祝日なので学校の心配はなし。 天気も申し分ないという好条件だった。
8.5センチ反射望遠鏡で探すとすぐにみつかった。
広島駅方向の街明かりの中でも、短かい尾が糸を引くように伸びているのがわかった。
そのあとも12月初めにかけて何度か見たが、
写真を撮らなかったのが今にして思えば惜しいことをした。

やがてコホーテク彗星は太陽の向こう側に回りこみ、視界から去った。
年明けの、今度は夕方の空に立派な姿を見せるはずだった。

その頃、地球周回軌道上をアメリカの「元祖」宇宙ステーションである
スカイラブ(Skylab)が3人の宇宙飛行士を乗せて飛んでいた。
新聞に「スカイラブからもコホーテク彗星が見えた」といった記事が載り、
大いに興味をそそられたものだ。

1974年が明けた。 正月の夕空、西の低空に天文ファンの目が集中した。
私がついにキャッチしたのは1月5日のこと。尾を引く姿を双眼鏡で見出した。
しかし当初予想ほどは明るくない。
0等級〜1等級という予想なのに、3〜4等級なのだ。
確かに尾は伸びていて彗星らしい姿ではあるが・・・
コホーテク彗星1974年1月6日

masarukが撮影したコホーテク彗星


金星と木星が競演する西空に
コホーテク彗星が加わる。
しかし予想より暗く、街明かりもあって
写真には上方に淡く尾を引く姿が
辛うじて写っているだけである。 50mm トライX

新聞記事にも「期待はずれ」「予想より暗い」の活字が・・・
ま、そうは言っても天文ファンには立派な天の贈り物。 楽しませてもらった。
ではスカイラブの乗組員が宇宙から撮影したコホーテクをどうぞ。
コホーテク彗星from Skylab

Skylabが捉えた1月11日のコホーテク彗星

地上からは低空の彗星は見づらくとも、
宇宙からはご覧のとおり。
頭部から太陽方向(左上)にも淡い広がりが。
これはアンチテイルと呼ばれる、
軌道面に広がった淡いチリが描き出す尾の一種。

素晴らしい天界ショーを期待した一般の人々にとっては、
1年あまり前(72年10月)のジャコビニ流星群に続いての「空振り」である。
マスコミも懲りたのか、これ以降はあまり天文現象について期待を抱かせるような
記事や報道が影をひそめるようになった。
しかしマスコミのやることはどうも中庸がなくていけない。
次に現れた大彗星などは、一般には殆ど報道されず、
20世紀でも最も美しいとさえ言われたその姿に息を呑んだのは天文ファンばかりであった。
その彗星はこの自叙伝が1976年まで進んだときに登場してくることになる。

1974年は3月20日の夜明け前に美しい金星食があった。
月齢26の細月の向こう側に、明けの明星の金星がかくれんぼ。
広島は快晴に恵まれて一部始終を観測した。
1974年3月20日の金星食

1974年3月20日未明の金星食
      (シミュレーション)


写真もあるのだが、
あまりにショボイので割愛!
でも素敵な夜明けだった。

春からは中学3年になった。
私の母校の広島市立U中学にも科学部天文班があった。
masarukの天文好きはけっこう知られていたから科学部の誘いも何度かあった。
しかし星は個人的に楽しめばいいというアウトロー精神(?)と、
天文班は「ネクラ」と決めつけて、いつも逃げ回っていた。 勝手なものである。
実はmasarukは、中学から高校まで一貫して陸上部に所属していたのだ。

74年夏はそこそこ星を眺めもしたが、一応受験生ということであまりハデなことはしていない。
ただ夏休みに読んだ一冊の本が、星への夢を何万光年にも広げてくれた。
天文台日記カバー

「天文台日記」
石田五郎著 
初版1972年

この本は宝物。
とにかく今でも年に一度読み通す。
星への憧れと夢、
天文台に生きる人々の輝き。
少年心に石田先生に心服した書。
天文台日記背表紙のことば

石田五郎先生はこの本を出版して20年後に「星」になられ、既に幽明境を異にするが、
masarukの少年時代に大きく影響した一冊であり
星への想いをいつも勇気づけてくれる本なのである。

まだまだ走る中学生masaruk!