私の天文遍歴(成長編その12)

1976-1977

1976年最初の天界トピックスはウエスト彗星の出現。
前年に発見されたこの彗星は、規模や太陽接近距離からして大彗星の資格十分。
しかしマスコミは、72年のジャコビニ「不発」流星群騒ぎと
74年初めのコホーテク彗星のあて外れ以降、どうも慎重になったようで、
一般向けには、ウエスト彗星についての事前情報が殆どなかったと記憶している。

こんなときは・・・そうそう、星のほうは「嬉しい裏切り」をしてくれるもの。
2月下旬に太陽に最も近い「近日点」を通った頃には、
望遠鏡で白昼の青空の中に中心核が見えたとか、大いに期待させるような情報もボチボチ。

そしてついに新聞に記事が出た。

夜明け直前大彗星の記事
ウエスト彗星、新聞切り抜き
←1976年3月5日
緊張感のある見出しがよい
左下にかの「元祖五つ子」の記事が

3月6日→
ロッキード事件がはじけた頃
なかなか気の利いたサブ見出し
暁天に銀色の尾の記事
新聞に記事が登場し、朝のテレビニュースでも、
北海道でキャッチした夜明けの彗星の、高感度カメラの映像が流された。

さあ私も早くその姿を捉えたい。
3月2日頃から、連日夜明けに目覚ましを合わせるのだが曇天ばかり。
晴れた日は・・・なぜか寝過ごしたりと、どうにもイライラが募る展開に。
そして3月6日の未明。 前夜が曇り空だったので期待していなかったのだが・・・
窓に顔をつけて左斜めの東天を透かすように眺めると、
「アッ!」・・・光の棒みたいなものが浮かんでいるではないか。
急いでガラス戸を開けてバルコニーへ。とうとう対面した。
東の山の端すれすれに中心核がキラキラ光り、
そこから斜め左上に半透明の光の尾がすーっと伸びている。
1970年春に見たベネット彗星以来の「本格的」大彗星の姿だ。
76年3月6日のウエスト彗星 広島の早暁を飾るウエスト彗星
1976年3月6日夜明け
静止撮影

50ミリ標準レンズ
近傍の星はεPeg=2.4等級
この彗星は本当に大物で4月になってもまだ肉眼で見ることができた。
扇形に広がった幅広い尾は、20世紀でも五指に入る美しい星として記憶される。

★   ★   ★   ★   ★

ウエスト彗星は高校時代のアマ天生活のひとつの頂点。
なぜなら、この夏に父の東京異動が決まり、
話し合いの結果、高校卒業まで広島でひとり下宿生活をすることになったからだ。
転校を繰り返していた幼・小・中を振り返り、
好きで入った母校の高校だけは、とにかく3年通して在籍し卒業したかったのである。
しかし手許に望遠鏡を置いておく余裕も無く、
下宿も広島市のど真ん中に位置していたため、日常から星がやや遠ざかってしまった。

そうして1976年、1977年と時は流れて行った。
1977年、高校3年の夏休みは東京で過ごしたが、
受験の夏期講座に通ったもののさして身に入らなかった。
講座に飽きるとちょいと抜け出して渋谷のプラネタリウムに息抜きをしに行ったもの。
今思えば、五島プラネタリウムにはあの夏だけでずいぶん行ったものだ・・・。

ペルセウス座流星群の時期には府中に出向いて、小学校時代からの旧友と星見物。
夏期講座のことはロクに覚えていないのに、劇場版「宇宙戦艦ヤマト」を見たのは
鮮明に覚えている。(テレビ版のほうがずっと面白かった)

秋風が吹き、学友たちにも少しずつ「大学受験」の緊張感が・・・。

なぜかあの年のふたご座流星群の記憶がはっきり。
火の気のない下宿の2階で、
受験も迫り、同時に期末試験にも追われて問題集をやっているうちに
ふと、ふたご座流星群の極大日であることを思い出したのだ。
東の窓を全開にして、部屋の明かりを消した。
窓から見えるのは夜空のほんの一角なのだが、ポロリポロリと流れ星がこぼれる。
1時間ほどで23個を数えた。
郊外の空の開けた場所でなら、相当数の流星がみえたことだろう。

ひとり広島で暮らす18歳の12月が過ぎていった。