私の天文遍歴(充実編その1)

1978

昭和53年の正月は里帰り中の東京で迎えた。
日記によると、7日にはいつもの渋谷のプラネタリウムを訪れている。
受験期であろうが、上京中には五島プラネタリウムに足が向くのだ。
そのあと小学校時代からの親友N君とあれこれ語り合い、その足で東京駅へ。
寝台特急(ブルトレ)あさかぜで広島へ戻るためである。
この受験期、広島・東京間の往復は殆どブルートレインを利用していた。
あの頃のブルトレ、たとえば「あさかぜ」は19時に東京発。
広島に着くのは翌朝7時7分。ちょうど12時間なので計画が立てやすかった。
この年、1月と2月で広島・東京間を3往復。
2月にはインフルエンザで40℃の熱を出し、割れそうな頭痛を抱えて寝台に乗ったこともあった。

そして受験。
結局いくつか届いた合格のうち、N大学の応用地学科に決めた。
キャンパスは世田谷。幼稚園から小学校入学時に暮らしたことがある界隈。

3月1日。下宿をしてまでかじりついた広島の母校を卒業。
初めて、入学した学校を卒業した。
思春期の6年近い時を過ごした広島から離れる日が迫る。
下宿の荷物の整理などしつつも、広島のあちこちを歩き回った。
荷物を出した最後の晩は、近所のクラスメイトK君のマンションに厄介になる。

3月16日。K君に見送られつつ新幹線で朝の広島駅を後にする。
午後、東京西郊の国立の家に到着。
一両日は広島への想い断ち難く、感傷的な夜を過ごす。

そうした中で3月24日の皆既月食を迎える。
広島の下宿生活より前、およそ1年半ぶりに15センチ反射望遠鏡を組み立てる。
府中から親友N君を迎え、深夜の皆既月食を心ゆくまで楽しんだ。
masaruk天文生活復活である。

4月4日、父の仕事の関係で都心への引越し。
渋谷区の広尾。聖心女子大学の正門の真ん前に移る。
その日は、かのキャンディーズの解散ファイナルコンサート当日。
広尾の高台で5階の高さの私の部屋からは、新宿副都心の高層ビルの右手奥に、
コンサート会場の後楽園球場の明かりの反映がポワーっと滲んでいた。

4月8日、大学の入学式。
会場の日本武道館周辺の桜は本当に満開。
あまりの天気の良さに誘われて、その足で靖国神社の桜を見に行ったくらいである。

いよいよキャンパスライフがはじまる。サークル勧誘も賑やかである。
中学・高校とクラブ活動は陸上競技だったが、
さすがに大学で体育会のノリでストイックなアスリート生活を送る気もなく、
かと言って、同好会ではなんとなく中途半端・・・。
そこで、はじめてクラブ・サークルとして天文をやることを決めた。
天文学研究会のサークル室に足を向けてみると、
机を出して一応受付みたいなことをやっていたが、ちょっと怪しげ。
そこにこちらから愛想良く飛び込んだものだから、
すぐに狭いサークル室であれやこれやの説明がはじまった。
これこれをやってきたという、自分の天文キャリアとを語ると喜ばれる喜ばれる。

4月20日には、新入会員を迎えての初めての例会が開かれた。
自己紹介させられたのはもちろんだが、伊豆の天城湯ヶ島出身のM部長が
「オメーラ(お前達)、自己紹介したら何か歌を唄うずらよ」
高校の校歌を唄う者あり、応援歌唄う者あり・・・私は母校の応援歌で勘弁してもらった。

4月28日〜30日は、青梅市の御岳山で「新入生歓迎合宿」である。
真っ暗な登山道をぞろぞろ上がり、山頂近くの古い山小屋風の休憩所の屋根裏で寝泊り。
初日は星空観望はガスに遮られできず、星のスライドであれこれ講釈。
その時初めて、この天文研が3年前の「白鳥座新星1975」を独立発見し、
天文学会から表彰されていることを知った。

ほこりっぽい板の床に寝袋でごろごろザコ寝、天文研のワイルドさが身にしみる。
2日目も曇天で星は見えないが、先輩達はうきうきしている。
そう、この日が天文研でのなんとも凄まじい初コンパだったのだ。
裸電球ひとつが灯る屋根裏の板敷きに車座になって、凹みだらけのアルミの食器に
次々になみなみと酒が注がれる。ふと見ると蛾やゴミムシが泳いでいる。
そんな酒を最初は恐る恐る、次第に勢いづいてあおりだす。
私は高校の下宿時代から酒に手を出していたので、免疫もあったが、
大学に入り、しかもこの晩が初めてのまともな酒という仲間もいて、
そのうち爆沈する者も現れた。まあ、まだ一気飲みが出現する前の年代で良かった。

潰れたヤツを介抱する者、霧に包まれた奥多摩の山々に向かって咆哮する者・・・。
それはそれは自由な学生気質を絵に描いたような世界だった。
ある仲間が「おい飲むか・・・」といって、渡してくれた一杯のコーヒー。旨かった。
あの一晩で、新入生はいっぺんに周りの人間と打ち解けてしまった。

翌朝、私は丁寧にも転がっている酒瓶を数えた。
清酒の一升瓶が24本。取っ手のついたキングサイズのウイスキーボトルが3本。
そしてその前におびただしい数のビール。
参加していた人数は30人いなかったと思ったが・・・
N大学天文学研究会は、星と同じくらい酒を愛するサークルだった。

少々二日酔い気味ながらも、わいわい談笑しながらみなで下山。
2泊3日の合宿終わったら、
もうだいぶ前からこのサークルにいるような気になっている自分がおかしかった。

30日に御岳山から下界に戻ったが、5月3日にはまた上がっている。
いよいよ本格的な活動「みずがめ座η流星群」観測合宿だ。
初日は宵のうち変光星観測。未明の流星は曇ってダメ。
2日目は、全くの曇りでいきなりコンパ。
3日目、雲とガスが去来する中ながら、ようやく流星観測態勢。
わずかな晴れ間を飛んだ見事な流星が脳裏に焼きついた。
悪天候で不完全な観測だったが、流星を大勢で観測する楽しさを教えてもらった。
以降、流星群観測合宿はほぼ皆勤、のちの流星班班長に結びついていくのだ。