私の天文遍歴(充実編その2)

1978

キャンパスライフはそれなりに快適で、やりたい放題の時代だった。
講義のない時間や、一日のカリキュラム終了後はだいたいサークル室付近にたむろ。
代わる代わる誰か話し相手はいたし、
昼間でも望遠鏡を出して太陽黒点をスケッチしていたりと、退屈はしない。
私たちの代、天文研の通称「16期」生は、前後の代に比べて人数が多かったのが特長。
今振り返っても、実に多彩な顔ぶれが揃っていたと思う。

暗くなると、大学最寄り駅前の居酒屋に足が向いた。
ああだこうだと、星の話はもちろん多岐にわたる話題で盛り上がるのが本当に楽しかった。
それでもまだ大学1年の頃は、終電では家に帰っていたと思う。
当時は毎晩のように終電で渋谷に着き、R246=青山通りに沿って
家のほうにゆるりと歩く日々だった。
青山通りから折れて、国学院や東京女学館のあたりにさしかかると
空気が澄んだ夜半には、都心部とはいえけっこう星が見えるのが嬉しかったものだ。

季刊誌「星の手帖」
季刊天文誌「星の手帖」         
1978年夏に創刊の星の手帖は
大学時代の天文ライフとちょうど
歩調が合ったため、想い出深い専門誌。
左の創刊号は友人O君のプレゼント。
年に4回の季刊で、
右の93年春号(通巻60号)が最終号。
もちろん60冊全部愛蔵している。

当時の天文研は関東のいくつかの大学天文サークルの連合体である
大学天文連盟(Astronomical Union of Universities)に加盟していた。
大天連の新入生歓迎合宿があったのは6月の初め。
神奈川の丹沢のふもとのバンガローでのこと。
各大学の先輩や新入生たちとの接点が生まれる機会だった。
それにしてもこの合宿も大先輩たちを中心に酒で盛り上がる盛り上がる。
星好きと飲兵衛の強固な関係は、我がN大に限ったことではなかった。
翌日にはT海大学の湘南校舎を訪問し、広大なキャンパスと立派な天文台に感心した。

7月には御岳山で七夕コンパ。大学に入って初めて爆沈した。
介抱してくれた先輩が「オマエも人の子だってことがこれでわかったよ」と笑っていた。
ドロッと見上げた星空に夏の大三角と銀河の流れが鮮やかだったが、
それらがまるで星の日周運動の写真のようにザーっと尾を引いて回転するほど
頭の中はぐちゃぐちゃだった。うえっ!

7月下旬はVSOP&水瓶座δ流星群合宿
VSOPはブランデーのランクじゃない。Variable Star Observers Party
・・・なんのことはない「変光星班」のこと。
変光星とは文字通り、数時間から数日、長いものは1年とか数年の周期で
その明るさが変わる星たちのことである。
星同士が隠しっこをするため明るさが変わったり、星が膨張収縮を繰り返すため変光、
あるいは華々しい爆発でパッと増光したりと原因はさまざまだが、
星の進化や質量などの研究の基礎ダータが集まる。
星図を頼りに目的の星を捉まえ、周囲の星と比較して明るさを決める観測は
地味なようだが、ハマるとけっこう面白いものである。
また、いつ増光するかわからない爆発型変光星の変化をキャッチしたりすると、
翌日、そのことを変光星班のメンバーに伝えるのが待ち遠しかったもの。

VSOP合宿78年7月27日
VSOP合宿初日の夜
御岳山長尾平の休憩小屋、屋根裏
この宵は20個ほどの変光星を目測
その結果を照合しながらの勉強会
ただ、山登りの疲れもあってグロッキーも・・・
奥の壁側左端がmasaruk、右隣はO君。
裸電球ひとつの小屋が懐かしい
                
1978年7月27日

8月中旬は、年間3大流星群のひとつ「ペルセウス座流星群」に胸躍る時期。
年間だいたい9回くらい組まれる天文研の流観=流星観測合宿でも、
ペルセ流観は期間も長く、参加者も一番多い賑やかな合宿。
私はこの年8月10日から14日まで、御岳山長尾平で流星を観測している。

10-11日未明 後半から雲と霧が出る。流星数50個ほど。
11-12日未明 雲が多く、時折の晴れ間を狙うルンペン観測。
12-13日未明 晴れ、記録流星数300余り。 金星より明るい大火球が続出!
13-14日未明 終夜快晴 火球こそ少ないものの銀河を背景に流星乱舞。 記録数400超。

人数が多いときには「5人による全天計数」「ラムカ観測」「4連カメラ×2の写真撮影」
「痕撮影カメラスタンバイ」などの項目に人を貼り付け、ローテンションで終夜観測。
写真は遠方の他大学観測班との協定で、
たとえば秩父の上空100kmにカメラを向けるといった手法で同時流星の撮影に取り組む。
このデータデータから三角測量の要領で、流星の実経路、さらに大学のコンピューターで
太陽系内での軌道などまで計算することができるのである。(まだパソコン時代ではない)

合宿では昼の生活も、薪でご飯を炊いたり、山の空気のもとで伸びやかに過ごしたりと、
時間に縛られない学生時代ならではの生き方が、人生の枝葉を繁らせてくれた。

ペルセウス流観1978点景
ペルセウス流観合宿1978の点景
夜は流れ星を追いかけ昼はのんびり
御岳山長尾平の時間はゆるりと流れる。
左=夕げの支度のご飯炊き。
             真ん中がmasaruk
右=大集合。前列中央半身がmasaruk
左端でスペシウム光線ポーズをとるのは、
後に五島プラネタリウムの解説員になったKさん。

このペルセウス座流観合宿が、天文研の御岳での最後の合宿。
長尾平休憩山小屋は、東京都の手で秋に解体と決まり、
天文研はOBが中心に音頭をとって、御岳からさほど遠くはない五日市町(現・あきるの市)に
自分たちの専用観測所を建設することになったのである。
私たち天文研16期生は、御岳山での合宿を知る最後の世代となった。