私の天文遍歴(充実編その3)

1978


大学1年の夏休みは、写真撮影のための小型赤道儀を購入すべく、
資金稼ぎのためのアルバイトに精を出した。
高田馬場に本部のあるB級警備保障会社での警備員である。
もっともその実態は、東京ガスの下請け工事の現場交通整理。
道路をほじくり返している場所でよく見かける、片側通行誘導員である。
炎天下での長時間勤務は地獄地獄。そしてこの年の夏は記録的猛暑。
文字通り汗水流して貯めたお金をポケットに、板橋区の高橋製作所に出向いたのは8月15日。
コンパクトな屈折赤道儀としては評価が高かったTS式65ミリP型屈折赤道儀がお目当て。
取り回しが良く堅牢なP型赤道儀に、65ミリのセミアポクロマート鏡筒。
40ミリアイピースをつけての12.5倍という低倍率広視界は
変光星観測や星雲・星団探訪にはもってこいだった。
赤道儀の精度も高く、HDモーターを取り付けて星のガイド撮影に取り組んだ。
その星空写真は
Galleryで見て欲しい。

天文ガイド別冊 自作望遠鏡 ポータブル流星カメラ
夏休み明け、我がN大天文研の自作器材が
天文ガイド別冊の「自作天体望遠鏡」に
                  載ることになった。
取り上げられたのは流星カメラ。
手作りの匂いがプンプンするアマチュア器材。
扇風機の羽根のような回転シャッターで
流星像に切れ込みが入り、速度測定ができる。
解析すれば、太陽系での軌道もわかる。
天文研の面々78年9月 流星写真
我らの器材が本に載るというだけで、
大勢のメンバーが撮影場所の多摩川に集結。
それにしてもセピアの写真の学生たちは、
なんとなく時代を反映している。

右の写真は、かの器材で撮影した流星。
よくみると、流星が破線状に写っている。
速い流星だと、もっとはっきり切れ込みが入る。
          (五日市観測所にて撮影)

78年10月2日に、東日本では9年ぶりの部分日食があった。
これに合わせ日食観察と美しい星空を撮影するための合宿が、山梨県の清里で行われた。

一片の雲もない快晴、あくまでも澄み切った秋色高原の大気。
気象と大気の清澄度という点では、とにかくパーフェクトな観測合宿だった。
日食観察中のmasaruk

1978年10月2日夕方
清里・からまつ湖畔で日食観察するmasaruk


夏のバイトで買った愛機での観測風景。
筒先には太陽減光のためR64フィルター。
それでも高原の太陽熱は強く、
サングラスがピシリと鳴って真っ二つに割れた。

この晩の星空は夜明けまで完璧。
10センチの反射望遠鏡で、平常光度(14.2等)の変光星「ふたご座U」を視認。
ベテランの先輩と2人で確認したが、10センチで14等星が見える空は夢のようだった。
写真撮影中には、地面がオレンジ色に染まるような大火球(流星)が現れたり、
それはそれはもりだくさん。
私の長い天文人生の中でも、いまだに5本の指に入る「星空絵巻」だった。

1978年4月〜12月だけで、天文研関係の合宿を54泊もしている。
大学生活のプライベートな部分のかなりの時間を星仲間たちと過ごしていたのである。
この年、18歳〜19歳の頃に出会った天文研関係の仲間とは、
その後すでに四半世紀近い付き合いが続いている。
星という「共通言語」、そして時代を共有した仲間との絆は強い。