私の天文遍歴(充実編その6)

1979-1980


79年11月。私たちは恒例のおうし座流星群観測合宿で、五日市観測所にこもっていた。
おうし群は数こそ少ないが、緩やかな流れ星が、オレンジの尻尾を引きずって飛ぶ様が楽しい。

合宿最終日の11月4日、遅く起きた私たちは観測所から下山する用意をしながら、
ポータブルの白黒テレビのスイッチを入れた。
この日はプロ野球日本シリーズ「広島vs近鉄」の第7戦の日だったのだ。
スリリングな展開に、みんなテレビの前にどっかと腰をおろし、真剣な野球観戦となった。
観測所にいたのは8人くらいだったろうか。
私は自他とも認める「カープ命」だから観戦スタンスも応援も旗幟鮮明。
残りの7人は、とりあえずアンチカープ(?)と西本監督(近鉄)悲願の日本一・・・という
判官びいきもあって、みな近鉄側の応援に回っていた(へっ!)
わかる人にはわかりますネ。この試合は、かの「江夏の21球」の舞台だったのです。

最終回。そこまで優位だったカープが絶体絶命の大ピンチ。
そして江夏の21球のフィナーレへと突き進む。
胃が痛かったのです。うすら笑みを浮かべていたけど、キリキリ死にそうな気分でしたよ。
近鉄ファンには申し訳なけど、私としては最終戦には譲るものなんて何もない。
そして江夏の9回ウラ21球目、ウイニングショット!
バットが空を切り、7人の仲間は「あー」「な〜んだ」「はあ〜」
私はひとり体の奥底から湧き上がる感動の波に無言の握りこぶしだったのです。

★  ★  ★  ★  ★

天文研での日常は、星という「共通言語」を持った人間同士の語らい。
共通の観測目的意識を持って星空のもとに参集する、アマチュアリズムの発揚。
学生時代という伸びやかな時間に星と酒のエッセンスをふりかけて過ごす味わい・・・
たまたま生まれた時代によっては、そんなこともできなかった世代もいることを思えば、
平和ボケであろうが、ひとりの人生としてはいい時代を過ごせたものである。
しかも、ボイジャーなどの探査機が、木星探検の驚愕の映像を送ってきたりと、
アマチュアサイエンティストの気分を盛り立てる材料にはこと欠かなかったと思う。

我がN大学文理学部では、長い間大学当局主導の「御用」学祭が続いていた。
しかし前年暮れのロックアウトが象徴するように、大学と学生の力関係も大きく揺れ動いていた。
そうした中でこの年は、学生に「自主」の機運が高まってマグマが上昇していたのである。
学生側の代表が「自主学祭」を提起し、大学側に予算の拠出を求めたのだ。
一般学生もおおいに盛り上がった。
学部講堂で開かれた、自主学祭実行委と大学当局との公開大衆団交。
実行委の強い要求場面では詰めかけた学生もコブシ振り上げシュプレヒコール。
結局大学側は「自主学祭」の開催を認め、810万円の予算を学生側につけた。
こうして「’79自主学祭」は実現にこぎつけた。
御用学祭のときにはかかわり持たずに、山に星の観測に行っていた天文研も、
自主学祭には積極的参加を部員の総意で決めた。

議論を重ねた末に決まった我らの出し物は「天井大星図」。
真っ黒な建築紙の表面に蛍光インクで星空をレイアウトし、ブラックライト(紫外線灯)を当てて
神秘的な輝きでダイナミックな全天の星空を再現するというもの。
割り当てられた教室の中に材木で骨組みをつくり、その内側に星空の建築紙を貼りつめた。
天の川のタッチを出すのに私が考えたのは、壁紙に霧吹きで天の川をなぞり、
蛍光成分の入った洗濯のりの顆粒を手のひらに持って、壁に息で吹きつけるという方法。
これは実にうまくいった。
一方の壁にはスクリーンを用意して、宇宙の魅力を紹介するスライドを投影。
BGに乗せて生解説をするのは、殆ど私の役目だった。
人前で喋るということはあのころからの得意技だったのである。

天文研79夏合宿
夏合宿で子供たちに解説

1979年夏の天文研合宿(千葉県市原市)
合宿最終日前日の晩には地元の子供を招いての
天体観望会と花火大会が恒例の行事だった。
実際に天体望遠鏡をのぞくほか、スライドで
宇宙への興味をかき立てる解説などしていた。
私はだいたい解説係を買って出ていた。

この年からは、天文研の大先輩が勤務する埼玉県戸田市のこども国児童館で、
天文教室の講師のアルバイトなどもやっていた。
2年ほど務めたが、あの子供たちはどうしているだろうか・・・。

戸田市こどもの国・入笠山合宿
戸田市のこどもたちと

戸田市こどもの国児童館では、
毎年1月に、長野県富士見町の入笠山にある
戸田市の市民保養所で天体観望合宿を開いていた。
私は80年、81年と引率したが、天気には恵まれ、
冬の淡い銀河をはじめ素晴らしい星空を
こどもたちと一緒に堪能した。(バンザイがmasaruk)

1980年がやってきた。
その昔、1970年に英国のITC(サンダーバードなどの制作会社)が世に送り出した「UFO」、
邦題は「謎の円盤UFO」だったが、そのオープニングにはSF的近未来の設定として、
1980という年号がポンポンと登場する。
1980年は未来だったはずだよなあ・・・などと思いつつ、例によってまだ月面基地はなかった。
(2001年さえ過去になってしまった現在からみると・・・なんとも、昔のことに・・・)

春先早々火星が小接近(しょぼいけど・・・)、土星環の消失など、夜空の話題はそれなりに賑やか。
渋谷区広尾の自宅の屋上に15センチ望遠鏡を担ぎ出して、
奇妙な姿になった土星を観望したり、木星のスケッチをとったり。
貴重な学生時代を贅沢に使いながら、星や仲間とのつきあいを膨らませる日々。