私の天文遍歴(充実編その7)

1980


この年の春先は惑星の話題が豊富だった。
木星が2月25日に衝、翌26日には火星が衝。つまりふたつは殆ど並んでいた。
そして3週間遅れて3月15日に土星が衝。加えて土星はほぼ15年に一度の環の消失期。
3月3日に土星環の平面(土星赤道)を太陽が通過。
このときには太陽が環のどちらも照らさないので環が消失してしまう。
3月13日には地球が土星環の平面を通過。
地球が22個も並ぶさし渡しなのに、土星環の厚みは、数十メートルとか言われている。
15億キロメートルも離れた地球からは薄すぎて、やはり環は消失してしまう。
この年は、土星と地球と太陽の位置関係が複雑で、なかなか面白い現象が見られた。
環の消失も大イベントだが、数ヶ月にわたり地球から見える土星の環の面が
太陽に照らされていない「裏側」という珍現象が続いた。
では何も見えないか・・・というと、一番内側のC環がぼやっと見え、
カシニの空隙、エンケの空隙といった、環の上の隙間の部分が光って見えるのだ。
順光のときに明るく見える環の本体が暗く、いつもは暗い筋の空隙が
逆に光の筋として見える、不思議な「逆光状態」の環の景観なのだ。
逆光と順光の土星変化
土星環の逆光変化
上は1979年9月に、米国のパイオニア11号が
撮影した近接写真。環を逆光で捉えた珍映像。
撮影装置は、ボイジャーシリーズより数段古典的な
走査偏光計なので、画質は良くない。

下は、おなじみハッブル宇宙望遠鏡による
順光の土星全体像。 上と比べると、明暗部分の
違いが興味深い。
この逆光(環の裏照明)土星は、15センチの愛機でもよく見えた。

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夏休み。天文研の友人と3人で、ワゴン車による九州一周を計画(思いついただけ)。
仲間のM君が実家(群馬)の近所からライトエースワゴンを調達。
北九州出身のN君と、非常にいい加減な計画を作り、8月14日午後に東京を出発。
初日に京都まで走り、鴨川の河原で野宿。 翌15日は広島の中学時代の友人と京都で合流。
中国自動車道で広島まで。広島の友人の家に2泊し、17日いよいよ九州へ。
北九州のN君の実家で休養して、18日は長崎に野宿し飯盒炊さん。
19日は長崎観光ののち、佐賀の天文研仲間のH君の実家を急襲。手厚いもてなしをうける。
20日は、大雨の中を熊本、天草経由で夜に鹿児島に到着。桜島に電光が閃く。
桜島や佐多岬を回って、21日夜は日南海岸で野宿。2泊滞在して海遊び。
男3人というむさくるしさであったが、フォーマルハウトとつる座の高さに南国を実感。
23日、大雨洪水警報の中を北上、高千穂抜けて夜に阿蘇へ。
稲光が360度を包み込む大雨の中を上っていくのは異次元的雰囲気。
ひっそりした山頂近くのドライブイン(真っ暗)の公衆電話から、あちこちに電話かけまくる。
あまりの孤独感に、3人ともほかの人間の声が聞きたくなったのである。
夜が明けると24日はすばらしい晴天。阿蘇のカルデラ全景や草千里が美しい。
日中はやまなみハイウエイ経由で別府へ。温泉に浸かり、その晩は北九州までリターン。
もっとゆっくりもできたのだが、25日は、夕方に小倉を出発、夜なべで東へ。
中国自動車道はまだ全通しておらず、広島で夜食、そのあとも夜を徹して走る走る。
浜松で夜が明け、なんと午前9時には渋谷の自宅に到着。
大半が野宿の破天荒な旅行は、青春時代のひとつの金字塔。

そしてこの翌日27日からは、8日にわたる天文研の夏合宿。
何者にも束縛されない学生時代・・・悔いなしである。

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前年のボイジャー1号・2号の木星探査の成果には驚かされたが、
1980年秋にはボイジャーの土星接近。
木星探査が予想以上に凄かったので、それはそれは期待が高まった。
そして時を同じくしてテレビシリーズの「COSMOS」が放映され、宇宙ブーム。
カールセーガン博士の案内する宇宙・時空の旅に惹きつけられたものである。
COSMOS

カールセーガン COSMOS 
(朝日新聞社刊)
バイキングが火星に着陸した1976年頃から、
新聞やテレビにも登場するようになったセーガン博士。
このCOSMOSで、一般の人たちにも一躍認知された。
のちに「核の冬」を訴え大きな波紋を巻き起こしたが、
先年、人生に早すぎるピリオドを打ってしまったのが
なんとも惜しまれる。  今でもときおり取り出す名著だ。
ボイジャーが捉えた土星はこれまた期待以上の驚異。
環の繊細な構造や、衛星たちの不思議な素顔に「!」

79年に引き続く、2度目の「自主学祭」にも積極参加。 昨年の経験を活かし、
さらに大掛かりな天井大星図=宇宙シアターを制作。好評であった。

年の瀬の双子座流星群はなかなか活発。12月の夜の長さもあるが、
流星観測合宿では、五日市の空で、一晩に900個以上をカウントできた。

こぐま座流星群前後には、曇天をいいことに観測所で盛大なクリスマスパーティー
1980年も賑やかに暮れていった。