私の天文遍歴(巡航編その2)

1982

山形市は当時で人口24万ほどの地方都市。
県庁所在地とはいえ、街の真ん中でも東京なら青梅あたりのきれいな星空だった。
最初に暮らした場所に近い、旧山形城址の霞城公園でも、澄んだ晩には天の川がうっすら。
市街地から少しはずれたり、西蔵王あたりに行けばかなり上等な星空に対面できた。
赴任当初は荷物の制約もあり、天体望遠鏡は持参していなかった。
1973年以来傍らに置いている7×50の双眼鏡だけ。

新人アナウンサーとして赴任してからはOn the Job Training の日々。
右も左も・・・という状況から始まり、職場の先輩や土地の人々に育てられ、
一緒に赴任した記者やディレクターの同期たちと刺激しあう毎日だった。 実に懐かしい。

山形の夏は暑い。 ご存知の方も多いと思うが、気象官署での最高気温の日本記録は、
1933(昭和8)年7月25日に山形で観測された40.8℃であり、この記録は今も生きている。
周囲を山に囲まれた山形盆地はフェーン現象の影響を受け易い土地だ。
1933年の記録も日本海に入った台風に向けて吹き上がった南風による
フェーン現象が要因である。
フェーンは、猛烈に昇温すると同時に、非常に乾燥する。
この記録のときも、異常乾燥のため汗の蒸発は盛んで、耐え難い暑さではなかったという。

内陸盆地は日中が熱くても、日が落ちるとスーッと気温が下がる。
私が暮らしているときも日中に35〜6℃は珍しくもなかったが、
夜になると涼しさが忍び寄ってどんどんしのぎやすくなったのを、よく覚えている。
この点、保温材である海に隣接した広島などとはかなり様子が異なる。
山形では、ひと夏に真夏日(Max30℃以上)が平均して30〜40日ある。
しかし、最低気温が25℃を割らない「熱帯夜」は殆どなく、平均で0コンマ数回である。
この温度差こそ、山形や、福島、甲府などの内陸盆地の果物のおいしさの秘訣なのだ。
山形といえばサクランボだが、「ミカンとバナナ以外はなんでもできる」といわれるほどの
一大フルーツ王国なのである。
桃、梨、リンゴ、ブドウ、そして洋ナシのラフランス・・・みんな地元では安くて実にうまい!
サクランボも産地の生産農家の方と仲良くなって、ずいぶんいい思いをさせてもらった。
さらにソバが素晴らしい。個性的な蕎麦がたくさんあるが、
どれもまず外れがなく、蕎麦喰いの私には感激の土地である。
で、おまけに酒。 そりゃあ新潟、山形、秋田あたりは
県内産の清酒だけで県民需要の98%を賄っているという「地酒率」の非常に高い処。
いいお酒に囲まれて、日本酒好きの私は「大」のつく満足だったのである。

食べ物の話から離れられなくなってしまった。・・・軌道修正。
(アッ、牛肉も素晴らしくおいしいです、ハイ)

東北は四季の変化がとても鮮やかなところだ。
10月半ばになると、鳥海山や月山、蔵王から冠雪の便りが届きはじめる。
山頂が銀白色、その下に紅葉の色づきがあり、裾野はまだ深い緑を残す・・・
そんな景色がとても好きだった。

1982年は年間に皆既月食が3回起きた珍しい年。
学生時代の終盤、卒論に追われていたときに東京の自宅で観望した1月10日の月食。
7月6日に、日本では見えないが、欧米で見られた月食。
そしてこの年3度目の月食は、年も押し詰まった12月30日の宵に起きた。
すでに放送局の勤務は年末年始モード。その日の夕方6時45分のローカルニュースは
新人の私の休日出勤担当であった。
ニュースは45分に始まり、ローカルニュースに、仙台発の東北管内のニュース、
全国天気などはさんで6時59分50秒あたりまでが山形発の放送枠。
そしてこの宵の月食は、欠け始めが6時50分ということで放送時間枠の中であった。
天気も良かったので、ニュースデスクと技術さんに、
山形上空の月食の様子を生で中継できないか相談してみた。
当時はまだ、ローカル局の屋上にリモコン操作の常設「お天気カメラ」などなかった。
それでも技術さんは「よしやろうやろう」とすぐに請合ってくれ、
スタジオでの番組収録用の重厚なカメラを屋上にかつぎあげて、月を捉えてくれた。
1982年12月30日、月食背負ったNHKニュース

1982年12月30日の皆既月食

NHKの夕方ローカルニュースの中で
冒頭に月食直前の満月背負ってmasaruk登場。
まだアナウンサー1年生、23歳の頃の映像。
月食の開始は午後6時50分半頃で、
満月の下の方が地球本影に近づいて薄暗くなっている。
(当時収録のVTR再生画面を撮影)
ニュースの中の月食

ローカル、東北管内のニュース、全国天気のあと、
ローカル天気に変わったところで、気温の背景に
生の月食映像を入れている。
午後6時57分頃で、月が欠け始めているのがわかる。
当時の画面作りのシンプルなこと・・・。
ニュースの中の月食

屋上にかつぎ上げられた大型のスタジオTVカメラが
見事に月食の様子を映し出している。
寒空のもと、若者の思いつきを実現してくれたスタッフに
頭の下がる思いである。
ニュースの中の月食

ニュースの終わり近く。
月食についてのウンチクを語るmasaruk。
後日先輩アナに、「さすがに得意分野を語るときは
人間、イキイキするものだな・・・」と冷やかされる。
この皆既月食は、メキシコのエルチチョン火山
噴火の影響か、近年でもっとも皆既中の月が
暗かったことで、天文ファンには記憶されている。


ニュースの冒頭、私はまだ欠けていない真丸い月をクロマキーに背負って画面に登場。
そして再びローカルに戻ったときには、画面に現れた月は地球の影に食い込み出していた。
ニュースの最初と終わりに、アドリブで月食の話に触れたのが良き想い出。
そして1年生アナのちょっとした提案をふたつ返事で引き受けてくれた
ニュースデスクの先輩、冬空にカメラを向けてくれた技術スタッフには本当に感謝している。
これもローカル放送局の良さであることは言うまでもない。
大きな節目の1982年が去っていく。