私の天文遍歴(巡航編その9)

1989


1989年は昭和64年として年が明けた。 天皇陛下が重態であることから
私たち放送に関わる人間の昨秋以降の緊張感は緩むことなく、どこか張り詰めた年明け。
しかも、陛下の容態が次第に重篤になりつつあることは東京発の情報から伺えた。
松江では3が日に青空が覗くなど、山陰としては割合穏やかな正月。
昨秋に大接近を終えた火星が、宵空高く名残の輝きを見せていた。

1月7日は土曜日。当時月曜〜金曜の夕方のローカルニュース枠である
「イブニングネットワークしまね」のキャスターだった私は土曜日が公休日。
前日の晩、放送局の若い仲間で集まって息抜きに飲んだので朝寝のつもりだったが
午前7時前に電話で起こされる。
アナウンスのボスの声が短く響く・・・「6時33分、天皇崩御!」
とにかくクルマで出局して2階の放送部に駆け上がる。
既にアナウンサー、記者、編成関係の担当者などが大勢来ている。
報道のスタッフは街の声や表情を撮りに散っていたが、
とりあえず大きな報道は東京発なので、松江局の中は比較的平静。
私も本来休日なので、特別なことがないかぎりは様子を見ていればいいということで
アナウンスグループの自分の椅子に座って崩御のニュース一色のテレビを見ていた。

そうこうするうちに昼になり、やがて政府が新元号を発表ということになった。
かの小渕官房長官が有名になるあの場面だ。
新元号は「平成」・・・小渕さんが掲げた「平成」の二文字。
確かにその瞬間から1、2時間はなんともいえない違和感にとらわれた。
薄皮一枚「平成」の焼印が押されたが、まだ世の中は髄まで「昭和」だったからだ。

その深夜、日付の変わり目は「昭和」と「平成」の時代の変わり目。
私は自宅で、時代の回顧を放映しているテレビの前に陣取り、
ビデオカメラを回して、昭和が終わり新時代を迎える瞬間の感想を吹き込んでいた。
ナルシシストは、時代の変革の瞬間などに自分がいることに感慨を覚えるのだ(笑)。

実は1989年は星空の記憶が案外薄い。
それでも2月20日深夜の皆既月食は冬型気圧配置が崩れて天候に恵まれ、
寒空ながら放送局屋上でニュース報道用のVTRカメラで月食の行程を撮影。
翌日のニュースで「松江でキャッチした月食」ということで放送した。

春センバツ甲子園。アルプスリポーターのリーダーとして出張。
途中、労働組合の72時間ストライキがあったりと思い出深いセンバツ。
決勝は、のちに巨人に進む元木大介選手のいた大阪・上宮高校と
前年春の準優勝校、愛知・東邦高校の対戦。
私は東邦側のアルプススタンドでの決勝リポーター。
試合は接戦ながら、最終回裏2アウトから劣勢東邦の打者が凡打し
上宮が九分九厘優勝を手中に収めた・・・と思った瞬間に「ああ〜っ!」と悲鳴が。
私も、「決勝で敗れた側のコメント」をアタマの中で組み立てていたときだった。
上宮内野手の連携の乱れから外野にタマが転がる。
そして決定的だったのはそのタマをバックアップしようと前進してきた外野手がトンネル!
三塁側上宮アルプスの悲鳴、一塁側東邦アルプスの歓声と「回れ回れ」の絶叫。
気付くと私も腕を振り回して「回れ回れ!」と叫んでいた。
東邦高校の選手が2人一気にホームインして、東邦の逆転サヨナラ優勝。
見ると上宮主将の元木君は頭を抱えてグラウンドに突っ伏している。
勝負とは非情なものだ。
とにかくほとんど数十秒間の展開で敗者リポートが優勝側リポートになった。
アドリブで何を喋ったかは全く覚えていない。ただ興奮だけが残った。

6月のはじめ、島根県高校総体陸上競技会の中継のため出雲市に出張。
20代最後の日である6月4日の深夜、資料づくりをしながらホテルのTVを見ていると
衛星放送で送られてくる中国北京からの映像が凄いことになっている。
どうみても騒乱状態で若者たちに発砲もされてるようだ。
まさにあの「天安門事件」をたまたまライブで見ていたわけ。
気付けば日付は我が誕生日の6月5日。あっけなく出張先で30歳になる。

当時はローカルのニュースキャスター&スポーツ実況アナウンサー。
夏、念願叶って甲子園の高校野球実況チームに初抜擢される。
最初の試合はスポーツファンなら誰でも知っている超大先輩がサイドスコアラー。
緊張しながらも実況はテンポ良く進んでいく・・・が、ここにも落とし穴が。
当時東京西部や埼玉で起きた連続幼女誘拐殺人事件の犯人が、
なんとその試合中に逮捕されたのだ。
CMのないNHKラジオでは、イニングの合間に解説者とともに展開や情報をまとめ、
スポーツ中継としての流れを組み立てていくのだが、
攻守が終わるたびに「ではここで東京からニュースです」の連続。
誘拐犯逮捕のニュースでデビュー戦はコマギレにされてしまった(涙)。
試合終了後「超大先輩」が寿司屋に連れて行ってくださり
「まあ長いことやってるとこんなこともあるよ」と慰めてくれた・・・。

平成元年という響きもすっかり耳に馴染んだ師走の初め、
夕空で、宵の明星の金星が細月に隠されるという素晴らしい天文現象があった。
松江は快晴、しかも土曜日。 素晴らしい見物だった!と言いたいのだが
珍しくその2日ほど前からインフルエンザに罹り、40℃近い大発熱。
前日金曜には、滅多なことでは休まないキャスター業まで休業のありさま。
それでも寝巻きのままフラフラになりながら窓際に立ち、
月齢4日の月の下端にまばゆい金星が張り付いている様子だけは
一瞬だがまぶたに焼き付けたのであった。やれやれ。

年末になって、12月初旬に南半球で発見されたオースチン彗星が
翌年(90年)春に大彗星になるというニュースが飛び込んできて、
天文ファンには楽しいお歳暮となった。

いよいよ1980年代ともお別れ、
世紀末の香りのする1990年代がやって来ようとしていた。