フェーンと大火(2)

「煙が横にもくもくたなびいて、それはすさまじい光景だったですよ。」
電話の向こうの、元・岩手県久慈消防署長の兼田貞男さん(57)は、
当時を振りかえって、そう私に語った。

山林火災発生!                               

それは1983年(昭和58年)4月27日のこと。
全国的に風の強い一日で、東日本や北日本でもフェーン現象が起きていた。
私は初任地である公共放送山形放送局にいたが、確かに風が強かったのを覚えている。

兼田さんは、当時久慈消防署の予防係長。
この日は視察業務のために同じ三陸沿岸の近隣、普代村にでかけていた。
兼田さんも、午前中から強風が吹いていたのを記憶している。

午後1時頃、緊急無線が入った。・・・「(久慈市)長内地区で山林火災発生!」
普代村から久慈市まではおよそ20km。 兼田さんはすぐにクルマで国道45号線を北上した。
実は、普代村からの45号線が久慈市街に入るほんの2〜3km手前の、
道路西側の山林が、緊急無線で入った火災の火元だったのだ。

兼田さんが現場にさしかかると、左(西)手の山から煙が吹き上がり、
そのもうもうたる煙は強風に流されて国道を越え、右(東)手の山林に向けてなびいている。
よく見ると煙のかたまりと一緒になって火のかたまりも飛んでいるではないか。
山林の枝葉はもちろんだが、どうやら火のついた鳥の巣が火玉になって飛んでいるのだ。

煙と炎のかたまりが吸い込まれていく国道東側の風下方向は、市の中心方向にこそ向いていないが、
山林は4kmほどで太平洋に面した海岸に達し、その一帯には漁業関係者の集落がある。

久慈消防署をはじめ、地区消防団の消防車やポンプ車が集まりだした。
しかし国道を一歩踏み出せばそこは深い山林である。
炎は消防関係者を嘲笑するかのように、強風に後押しされ乾いた山林を奥へ奥へと進んでいった。
連絡を受けた岩手県は自衛隊に出動を要請したがもうお手上げだった。

背後から襲ってきた山火事                        

午後遅くなって、火元から4km風下の沿岸部、玉の脇地区の背後の山林に
メラメラと炎の色が見え始めた。
依然として風は山から集落に向けて吹き荒れている。
人々は家財の一部を運び出して避難するのが精一杯であった。

夜・・・闇のスクリーンに浮かび上がるように、美しい三陸の漁村はまだ燃えさかっていた。

久慈市の火災は、4月27日正午過ぎに出火。
最終的に鎮火が確認されたのは、翌々日29日の午後3時半のことである。

焼損面積は1084.6ヘクタール。
玉の脇、大尻など3つの集落で、住宅が45棟。
漁船の収納小屋や物置などの非住家179棟が焼け落ちた。(いずれも久慈消防署調べ)

太平洋側のフェーン                          

当日の天気図を見ていただこう。
1983年4月27日の天気図

太平洋の高気圧から南風が入りやすい状況のところに、
日中、北海道付近を低気圧が北東に進んで、温暖前線と
寒冷前線が相次いで北日本を通過。 昼頃までは南西風、
午後からは西南西ないしは西の風が強く吹く気圧配置となった。
午後は奥羽山脈を西から乗り越えた風がフェーン現象を起こし、
東北地方では宮城、岩手、青森を中心に山火事が多発。
その数はこの日だけで二十数か所にのぼった。
中でも仙台市郊外で住宅地にまで侵入した山火事と、
久慈市の火災がもっとも大きな被害を出した。
各地の消防が無警戒だったのではない。
久慈市の場合は、雨なし8日目に加えて強い乾燥風ということで、消防は火災警報を出していた。
しかし強風にあおられた炎のすばしこさと抜け目なさは人知を越えていた。

消防署の記録では、この日の久慈の最大瞬間風速は28.8m/s。
出火当時、平均10m/s程度の風が吹いていて、最高気温は24.5℃、
最小湿度はわずか17%だった。
フェーンと大火=日本海側というのは、単なる思い込みである。
南西の風が山を越えれば、太平洋側もフェーンで高温カラカラになるのだ。

タバコの火か                              

この火災の原因は特定されていない。
が、しかし、兼田さんは語った「恐らくタバコだと思うんですよ」・・・。
4月は一年でも山火事が最も多い。それも北関東から東北で顕著だ。
なぜだろうか?
それは、雪融けとともに山菜採りやハイキングのため山に入る人が増えるからだという。
仮に1000人に1人のタバコの火の始末が悪いとしたら・・・
1万人が山に入れば、10の山火事の危険があるとも言える。

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私が収蔵するカセットテープの中に、「83年4月27日 夕べのひととき オフコース特集」という
ラベルの貼られたものがある。
当時私が勤務していた公共放送山形局のローカルFM放送の
自分がDJ担当たものをオンエア収録したカセットである。
午後6時からの1時間番組のあと、時報に続いて夜7時の全国ニュースの冒頭が入っている。
「夜7時のNHKニュースです・・・」 東京のアナウンサーがトップニュースのリードを読み始める。

「北の低気圧に向かって吹き込む南風が、東日本や北日本で乾いた突風となって吹き荒れ、
山火事が続発して、宮城県と岩手県で、住宅など17棟が焼け、まだ燃えています・・・。」
この時点でまだメディアは都市部の仙台近郊の火災に目を奪われている。
ラジオ・テレビが久慈の大規模火災の実態を把握して詳しい報道をはじめるのは、
まだあと2時間ほど経ってからとなるのだ。