春の記憶 

東京・府中で暮らしていた小学生時代。
京王線の東府中駅から少し南に歩いた多摩の段丘の上に家があった。
今に比べれば、まだまだ畑や原っぱも多く、子供の遊び場には事欠かなかった。

家のすぐ近くの斜面の土手はお気に入りの場所。
まだ風が冷たい春先であろうと、南斜面のそこは北風にさらされず、
太陽にほどよく面した土地はそのぬくもりをよく吸い込んで、
草の匂いを立ち上らせてくれたものである。

あの春先の湿った土と草の匂い・・・
そして菜の花の香り・・・
私の脳裏にしまわれた記憶から、
小学校低学年の頃の情景や空気の肌触りをもっとも鮮烈に引き出すのは、
こうした3月の匂いだ。

成長して街中で暮らすようになってから縁遠くなったこれらの匂い。

8年前に現在の土地に移り住んでから、また季節ごとに記憶を呼び覚ましてくれるようになった。

小学校1年の終わり頃・・・だから1967年頃か・・・
学研の科学の付録にルーペの観察セットがついてきた。
さっそく簡単な図鑑とルーペを抱えて、いつもの土手に走った。
そのとき、はじめて自分の力で名前を探り当てたのが
小さな小さな可憐な花・・・オオイヌノフグリだった。
オオイヌノフグリ

オオイヌノフグリ
どこにでもある花だけれど
人生で最初に自分で調べた野の花だから・・・

今でも、春にはびっしり咲き誇る青い花に
一度ならず親しみのまなざしを送るのです。
           
2002年3月 自宅前にて・・・
オオイヌノフグリ、ホトケノザ、レンゲ・・・
ありふれた野の草花も、よくよく見れば美しい自然の造形。

オオイヌノフグリ・・・実は、これをわかりやすい言葉に直すと
「大犬のキン
マ」
ということになってしまう。
フグリとは、ぶつけた時の痛みは殿方にしかわからないというアレの、古語なのだ。
もちろん、オオイヌノフグリのこうした本当の意味を知ったのはずっと後のこと。
なんで、あの可憐な青い花をつける植物が大犬のキンマなのかはわからない。
初めて知ったときは「ええっ!」と二の句が告げられなかったが、
今は雑学のひとつとして、ニヤニヤしながら若者に話をしている・・・

それはさておき、今、我が家の周囲にはオオイヌノフグリやレンゲがいくらでもある。
これ以上、周囲に住宅が増えることもなく、
いつまでもささやかな草花が
季節の移り変わりを告げてくれるようなのどかさが保たれることを切に願う。